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SFT Pa1-1「遠距離恋愛の始まり」



スローライフt(third) 


             P1-1「遠距離恋愛の始まり」

暗雲が立ち込める朝。
どんよりとした空を目に留めれば、今日1日のスタートにケチが付いたような気に
させられそうだ。
重く重なる鈍重な雲からは、いかにも、大粒の雨が降り出し、
それも、なかなか止まないぞと、思わせられる。
こんな日には、予定にしていたお出かけや、新しい事を始めようと
思っていた者も、思わず日延べを考えるだろう。

が、そんな中でも、強行に行動に移そうとしている者がいた。

「エドワード、じゃあ、行ってくる」

朝の出勤の時のような軽快さには欠いた、思いつめた声が
別れを告げるが、それを受けた方は、無言のまま批判を示している。

「・・・休みの日には、戻ってくる。
 君も大学が休みの時には、こちらにおいで」

機嫌を伺うように掛けられた言葉にも、エドワードは険のある瞳で、
ロイをじっと見ている・・・いや、睨んでいる。

そんな様子に、別れの口付けも許しては貰えそうもないと判断すると、
ロイは、残念そうに、寂しそうに、大きなため息を吐いて、
部下の待つ車の方に、歩いていく。

車の中には、優秀な補佐官が待っている。
珍しい事に、別れを惜しんでぐずぐずしている上司を
焦らす事も、急く様子も見せない。
・・・嫌、彼女の方も、やや不機嫌なのか、近づいてくる上司に
あからさまではない程ではあるが、そっぽを向いたままだ。
そんな気欝な状況に挟まれながらも、ロイの足取りはしっかりとしており、
迷いは微塵も見せない。
待っている車のドアへと手を伸ばした瞬間、後ろで声が上がる。

「ロイ!!」

何かを訴えようとしている呼び声に、ロイは作った笑みを向けて答えると、
そのまま、振り切るようにして、車の中に身を滑り込ます。

先ほどまで、玄関で微動だにしなかったエドワードが、
焦れたように走り出してくるのにも構わずに、
ロイは出発の声を告げる。

「ハボック、車を出せ」

「えっ・・・、で、でも・・・」

もう少しで、エドワードが車に近づけると言うのに・・・。
躊躇いを見せる様子のハボックに、

「出せと言うのが、聞こえなかったのか」

今度の口調は、明らかに上官の命令としてだ。
ハボックは、渋々ながらもアクセルに力を入れて、車を発進させる。

「ロイー!!」

エドワードの呼び声が、離れていく車中の中にまで、はっきりと聞こえてくる。
『大将・・・スマン!!』
バックミラーに映るエドワードの姿に、心の中で深い謝罪を告げる。
『スマン  ゴメン  許してくれ! 俺は命令で仕方ないんだよー。
 ・・・だから、怒りの矛先は少将だけに向けてくれ!!』
と、上司を人身御供に捧げる姿勢は、部下としては如何なものなのか。

声はもう、さすがに届いては来ないが、エドワードがこちらに対して、
罵声を響かせているのは、小さくなる情景でも、簡単に見て取れる。
大人しくしょぼくれて佇む・・・なんて、性格ではないことは
長い付き合いで、嫌と言うほど解っている。
だからこそ、この後、決して、少将が望んでいるような展開に
治まる筈が無いと、勘の良いハボックには解っているのだが、
どうして、それが解らないのだろうか?
小さなため息を付きながら、後ろで座っている上司の姿を盗み見る。
じっと前を睨むように、先ほどから無言で座り込んでいる相手に、
ハボックは、この先の東方勤務の雲行きの怪しさに、
また、暗く重いため息をつく。



エドワードは走り去る車の陰を見ながら、
あらん限りの悪口を投げつけてやる。

「この頑固者! 意固地、我侭、餓鬼ー!
 朝も独りじゃ起きれない癖に!
 遅刻して、中佐に撃たれろ!
 もう、2度と、家の敷居を跨がせないぞ!!」

自分の方が居候の立場なのだが、今の状況では、そこは
頭には浮かんでこないようだった。
叫びすぎて息が上がってくると、エドワードは大きく深呼吸して、
踵を返して、家に戻っていく。
・・・バタン!!と、エドワードの心情を現すような音を立てて、
強く扉が閉め切られた。

   そう、エドワードは置いてけぼりを喰らったのだ。





1年の休職の歳月を経て、ロイは軍に復職をした。
怒涛のように押し寄せる嫌味や皮肉や、嫉み、妬みを浴びながらも
ロイの不在時に統括し、守り通したグラマン将軍の援護のおかげで、
1階級降格と言う、軍の常識から考えれば、非常に甘い処分での復帰だ。
それには、現在の国の情勢やら、英雄扱いをされているロイへの世論も
無視できないという事情も多々あり、不愉快だが、これ以上事を荒立てる事も
不利になると踏んでの判断だ。

が、休職前には大総統に1番近い男と言われていた者を、
そうそうに中央に復帰させるのは、思惑がありすぎる面々には、
面白くない。
それには、ロイの人となりも関係している。
マスタングと言う男が、自分達と同じ思想や価値観を持って
軍に所属しているのなら良いのだが、彼の行動は自分達とは遠く離れており、
余り早くに伸し上がられれば、窮屈な思いをさせられそうなのは、
想像に難くない。
彼らにしてみれば、出来るだけ自分の任期の間には
急激な政変は無いほうが喜ばしい。
良くなる見込みであれば良いが、悪くとまでは行かなくとも、
面倒になると思っている事を、喜んでは受け入れる事もできない。
下手すれば、現在築いてきた立場から落とされる事も・・・ないとは言えない
、思い当たる処が往々にして多い者たちだ。
そして思いついたのが、地方への移動だ。
中央の覇権争いからは、一旦引いてもらう。
それが、将軍達がロイの与えた処罰なのだ。

グラマン将軍に詰め寄った彼らは、処遇の甘さを指摘して、
そう要求してきた。
反対するであろうと思われた将軍が、あっさりと許可した事によって、
彼らも驚きはしたが、思うように事が運ぶのならと、
さして深く考えもせずに、ロイの処遇をグラマン将軍に一任したのだ。


「と言う事でね、マスタング君。
 君、ちょっと、東方に居てくれるかね」

「はい。 寛大なご処分、痛み入ります」

ロイは心底そう思って、頭を下げた。
本来なら、勝手をしたロイには、厳しければ除名、軽くても佐官クラスからの
立場に追いやられる事も考えられたのだ。
そうなれば、戦もない今の時代、簡単には将軍には上がれ無くなる。

「うん、君にとってはじれったいだろうが、丁度、リハビリも兼ねて
 情報を集める時間があってもいいじゃろう。
 なーに、どうせ何か困れば、君に泣き付くのは目に見え取る。
 貸しは大きく返してもらうつもりで、待ってればいいじゃろう」

ロイにも、将軍の言っている事は、よく理解できた。
今の状態で中央に復帰しても、事有るごとに、この件の恩を売られる事になる。
そうなれば、余計な雑事や融通しなくてはならない事が増えるだろう。
その点、逆の立場になって、自分達が左遷した相手に助けを借りる事になれば、
如何に厚顔な者達でも、周囲が黙っていない。
その時に、貸しを高額で売りつければ良いのだ。

激戦の軍の上部での1年の不在は、それほど重要な事なのだ。
が、そうであっても、ロイは自分の選択には後悔してはいない。
そうしなければ、山ほどの後悔を背負って行かなければならなかっただろうが、
選んだ事で、繋ぎ止めれた存在を、ロイは何よりも大切に思っている。
エドワードを繋ぎ止めれた事を考えれば、1年のロスタイムなぞ、
ほんの瞬きの間位のものだ。

この件をエドワードに伝えた時も、出来るだけ重くならないようにと
伝えはしたが、その時に僅かに表情が曇ったのにも、
チクリと胸が痛みはした。

中央に戻り、ロイが司令部に参勤する日は、
朝から、エドワードは心配そうに、あれやこれやと世話を焼いていた。

「ロイ、時間は大丈夫か?
 今日は迎えは来ないんだろ? なら、やっぱり俺が送って行った方が・・・。
 何か持っていかなくちゃいけないものとか、ないわけ?

 戻る時間は・・・って、まだ、わかるわけないよな」

ロイが食事をしている傍で、エドワードはそわそわと、
自分の食事にも気もそぞろだ。

「エドワード・・・落ち着いて。
 今日は、挨拶だけなんだから、特に何かあるわけじゃない。
 そう言うことは、後日に連絡が追ってあるものだ」

苦笑しながら答えるロイに、視線を向けて、そうだよなと
ため息と一緒に吐き出すと、黙々と食事を始める。
そんな様子を見つめて、責任感で雁字搦めになりそうな彼の
気分転換はと話を変える。

「私のことより、君の方も、大学に顔を出しておいた方が
 いいんじゃないのかい?
 休む前に、休校の手続きをしてきたと言ってたから、
 それの件もあるだろう?
 君の友人も、顔を見たがっているだろうし」

「・・・ああ、うん。 大学には1回行かないとな・・・。
 退学の手続きもあるし、皆にも言っとかないと」

エドワードの洩らした言葉に、ロイは動かしていたフォークを止めて、
彼に視線を固定する。

「エドワード・・・、前もそれを言っていたが、
 本当に辞める気なのかい?」

ロイの問いに、躊躇いをみせながらも頷く。

「どうして? せっかく優秀な成績で入ったんじゃないか。
 それに、君の夢でもあるんだろう?」

この話は、戻ってくる最中にも、何度も問いかけてみた。
けれど、エドワードからは明確な答えを貰った事がなく、
戻ってからは、バタバタする日々で、確かめる間もなかったが。

「君が新しくやりたい事が出来たのなら、私は歓迎するし、
 応援もするつもりだよ?
 もうそろそろ、教えてくれてもいいんじゃないのかい?」

エドワードの希望によっては、ロイの方にも準備が必要かも知れない。
出来る限り、彼がやりたい事の後押しはするつもりだが、
彼と生活できる範囲で、適う範囲ではあって欲しい。
今のところ、自分の処遇が決まっていない以上、
絶対に中央に入れる保障はないのだ。
彼の為なら別居も有りえると思えば、ロイの方にも準備が、
主に心の、が必要になるかも知れない。
・・・が、出来ればそんな事にはなりませんようにと、
正直な感情が伝えては来るのだが・・・

ロイの問いかけに、視線を合わせると、真剣な面持ちで
ロイを見つめてくる。
そうして、微かに頷くと、

「じゃあ、戻ったら話を聞いてくれるか?」

と答える様子に、不安な心情を押し殺して、
ロイは、勿論と笑みを浮かべて答え返してやる。


久しぶりに軍の門をくぐると、緊張感で身が引き締まるのがわかった。
特にいつもと変わらぬ情景なのだろうが、一旦離れていると、
やはりここは戦場なのだと思わせられた。
昔よりは国勢も落ち着きを見せてきたとは言え、
事件もテロも無くなりはしない。
日和見にのんびりと出来る場所ではないことは、
死と隣り合わせの職業が醸し出す、独特の雰囲気を滲ませている事でわかる。

門衛が怪訝そうな表情でロイを窺っている。
この1年内に赴任してきたのだろう。
今のロイの装丁は、軍服は着てはいるが、階級を表すものが何も無い。
が、証明書は間違いないしで、当惑しているのだろう。

「司令部に居るホークアイ中佐に連絡を取れ。
 そうすれば、すぐに答えをもらえるだろう」

命令しなれている者特有の横柄な物言いも、
不思議と抵抗感を持たせずに受け入れられるのは、
それが様になっている、しっくりとしているからなのだろう。
門衛は、特に疑問も挟まずに、司令部への直通を押す。
言葉どうり、すぐに通す指示と、相手の身分も知らされ、
驚きと、自分の対応を思って蒼ざめる門衛に、
気にするなと言葉を告げて、入っていく後姿を見送った。



「お帰りなさいませ」

いつも変わらぬ副官が、少しだけ頬を緩めて敬礼をする。
その場に居た変わらぬ面々も、全員立ち上がって、ホークアイに習う。

「皆、長い間不在して済まなかった。
 ありがとう」

深々と下げられた上司の頭に、豪胆な者達であっても、
思わず目頭に熱い物が浮かんでくるのは、押さえる事が出来ない。
不在中、グラマン将軍が引き取ってくれたからこそ、
皆散りじりの羽目には合わなかったが、司令官不在の中を
信じて待ち続けるには、1年は本当に長かった。
派閥から外れた司令部には、どこも冷たく、省みられる事も無く
撃ち捨てられ、それでもこの部署で頑張れたのは、
必ず、上司が戻ってくる事を、ひたすら信じていれたからだ。
そして、彼が唯一無二を思う存在を、皆も大切に思っていたからこそ。

入ったときの習性で、自分のデスクに近寄り、椅子を引く。
綺麗に整理されたデスクは、いつ戻ってきても良いようにと、
きちんと準備がされていた。
ロイは椅子に手をかけると、引いた椅子を元に戻す。

「どうかされましたか?」

そんな彼の行動に、怪訝そうに窺ってくる副官に、
苦笑を浮かべて答える。

「いや、ここに座るのは、処遇が決まってからにしよう。
 上の流れによっては、椅子を温める間もないかも知れないからな」

そう軽く言われた言葉に、皆の表情も引き攣る。
そう、戻ってきたからと、同じように受け入れられるかは別の問題なのだ。
・・・自分達が、同様に下に付けるとも・・・

軍は完全な縦社会なのだ。
以前は、権力の中枢に居たため、大概の事はロイの思惑どうりに
事が進めれた。
が、一旦逸れたとなると、上の指示があれば、その命令を聞かねばならない。
不安そうな空気が、皆の中に漂うのを感じて、
ロイは、しっかりと仲間を見つめ、覇気のある声で伝える。

「この先の事は、現段階でははっきりとは言えない。
 が、目指す目標には変わりがない。
 時間が要するかも知れないが、皆、付いてこれるな!」

強い意志を閃かせる目と、確固たる姿勢を見せる上司に、
皆が声を揃えて叫ぶ。

「Yes Sir!!」

その声に、ロイは満足げに頷き返した。



その日は、結局は不在の謝罪に各将軍に挨拶に回り、
「良いご身分だね」等の皮肉を受けながら、嘲笑や侮蔑や嘲りを
浴びての訪問巡りではあったが、ロイにとっては、どうと言う事もない。
確かに、弱みを見せたのは自分の方なのだ。
そして、これから見せなければ済む事だ。
言葉で詰られ傷つくほど、柔ではない。
逆に、闘志が湧く程だ。

勿論、好意的な者達も多かった。主に下士官達ではあったが。
きちんと国を憂えてる将軍達からは、
勝手な行動を諫められはしたが、現場復帰を喜んでももらえた。
短い時間の各訪問ではあったが、掴める限りの情報を得て、
その日の参勤は、終わった。

帰路に着くにあたっては、ハボックが送りたがったが、
立場がはっきりするまでは、無用に関わらないようにと告げ
来たとき同様一人で帰る。
道すがら考えていたのは、軍の事でも、これからの自分の処遇についてでもない。
それは、どうせ時間が経てばわかる事だし、今の自分には、
待つ以上の事以外、出来る事も無いのだ。
それよりも、心に懸かっているのは、出掛けにエドワードが話すと言った事柄だ。
今後の自分の身の振り方次第では、どこまで支援できるのかがわからない。
金銭面なら、どちらも高額取りなのだから、問題はないが、
以前のように、人脈や情報となると、今は少々遅れを取るだろう。
そうなると、不本意ではあるが、エドワードの希望を適えるのに適した人材を
後見として探さなくてはならなくなるかも知れない・・・。

とてつもなく不愉快な考えに、知らず知らずのうちに
眉間に皺が寄っていく。
『出来れば、そんな事にはならいでくれると
 有り難いんだが』
そう願いながら、ヤキモキしているだろうエドワードを
安心させる為に、足を速める。




「そっか・・・、まだ、わかんないんだ」

落胆と安堵感の両方が浮かんで、妙な表情を浮かべているエドワードに
ロイは、苦笑する。
当人は腹も据わったので、さして気にしていないのだが、
この元凶になったと信じている彼は、自分より複雑なのだろう。

「まぁ、そう時間はかからないと思うよ。
 将軍達の反応からなら、概要は決まっているようだったからね」

「そう? 大丈夫そうだったか?」

不安が消えない様子に、落ち着いた笑みを浮かべて返してやる。

「ああ、思ったよりは反応は悪くなかったな。
 まぁ、それだけ軍に人手が居ると言う事だろう。
 私程の優秀な人材を、手放しするのは痛いだろうからね」

自身ありげに語られる言葉に、エドワードも呆れ、
その後、くすりと笑みを浮かべる。

「しょってるなー」

少しだけ気が抜けたような表情に、ロイも内心ホッとする。

「私が優秀なのは、君も、良く知ってるだろう?」

「どうかな・・・、良くサボって怒られてるシーンばかり
 見てた気がするけど?」

エドワードの返答に、大袈裟に嘆いて見せ、

「それはたまたまの事だろう?
 やる時はやる! 気を抜くときは抜く。
 それが、軍で能力を発揮するコツだよ」

「やる時じゃなくて、追い込まれた時の間違いじゃないの?
 そこまで逃げ回るのも、どうかと思うぜ」

クスクスと笑いを絶やさず返される言葉に、
ロイは芝居かかった様子で、落胆してみせる。
エドワードの気分が、少しは浮上してきたのを感じて、
ロイは、そろそろ話を切り出すタイミングだと、
乗り出して行く。

「ところで、朝、君が話してくれると言った件なんだが?」

ロイが頃合を計っていたのは解っていたのだろう、
エドワードも素直に頷いて、居ずまいを正してくる。

「うん、本当は話そうかどうか悩んでたんだけど、
 やっぱ、あんたにはきっちりと聞いて解いて欲しいし、
 出来れば・・・賛成するのは無理でも、認めて貰えれば・・・」

躊躇いがちな口調に、これは帰りながら考えていた事も
やはり実行しなくてはならないのだろうかと、
沈鬱な気分が漂ってくる。
が、そんな事はおくびにも出さずに、笑みを浮かべて安心させると、

「私は君がやりたい事があるなら、出来る限りの協力はするつもりだよ。
 まぁ、本音を言えば、二人で生活しながら出来る事であって欲しいが、
 が、我慢も辛抱も出来ると思う」

自分にも言い聞かせてるようなロイの言葉に、
小さな頭を振りながら、

「いや、多分。 生活するのには、問題ない・・と思うけど、
 まぁ、赴任先とかの問題もあるか?」

独り言のように呟かれた最後の言葉に、耳を止める。

「赴任先? なんだね、君は就職したいのかい?」

「就職? あぁ、そうかそうなるのかも知れない」

なるほどと頷いて返す態度に、ロイの方が困惑する。

そんなロイの表情に、僅かに苦笑を浮かべると、
次の瞬間には表情を引き締めて、きっぱりと告げてくる。

「俺、軍に入隊しようと思うんだ」

一瞬、ロイの思考も表情も固まった。
そんな反応も、予測していたのか、エドワードが矢継ぎ早に
話し出す。

「俺のせいで、ロイには無駄な時間をロスさせただろ?
 あんたは気にするなと言うけど、俺は気にしないでいれないんだ。
 
 で、色々と考えてみたんだけど、軍に入るのが、あんたのロスした時間を
 取り戻す1番の早道だと思うし、俺も少しでも、あんたの夢の為に
 協力したいんだ。

 勿論、軍に入ったからって、あんたの助けになれるとか
 自惚れてるわけじゃない。
 新米の俺に何が出来るってわけでもないだろうけど、
 少なくとも、違う場所から見てるだけじゃなくなるだろ?
 だから・・・」

続けようとした言葉は、ロイの鋭い否定の言葉で遮られる。

「駄目だ」

エドワードの瞳に、悲しげな影が過ぎるが、
ロイは断固として、首を横に振る。

「別に時間は無駄になったわけじゃない。
 あれは、二人の為に、必要な時間だったと、何度言えば
 気が済むのかね。

 軍は、君のような人間が入ってやっていけるとこではない。
 そんな必要は、全く無い」

「ロイ・・・」

言い返そうと口を開こうとする前に、話を打ち切る。

「夢は君が傍に居てくれるだけでも、十分叶えていける。
 もう、そんな事に頭を悩ませずに、学校に復学して
 君の目指す道を進みなさい。

 エドワード、君には、自分の幸せを見つめてだけ居て欲しいんだ」

そう懇願さえ含ませて、ロイは握り締められているエドワードの手を握る。
引き寄せようとする動きを振り切って、エドワードは立ち上がると、

「俺の夢は、自分の未来の事ばかりじゃあ完成しない!
 二人の未来なら、二人で協力して作るもんだろ!」

立ち上がったエドワードを見上げて、ロイは嘆息しながら
首を振る。

「必要ない。 この話はここまでだ」

そんなロイの態度に、エドワードは背を向けて部屋から出て行こうとする。

「エドワード、念の為に言っておくが、
 どこに言いに行っても無駄だよ。
 それ位の事は、今の私でも容易いんだからね」

その言葉に振り返ると、無言で睨みつけ、部屋を後にする。

一人になった部屋で、ロイは疲れたようにソファーに凭れる。
実は、いつかは言い出すんじゃないかと、心のどこかでは
恐れていた事でもある。
責任感の人一倍強いエドワードが、ロイの軍不在の1年間を
気にするなと言っても、無理な事なのはわかっていた。
最悪、そんな事を言い出すのではと危惧していた事が
実際そうなってみると、想定していたように、冷静に立ち回れなかった
自分の不甲斐なさに呆れもする。

「どうして、こうも彼の事になると、
 冷静に振舞えないんだろうな・・・」

あんなに何度も考えていたセリフ達も、1つも出せなかった以上に
思い浮かびも出来なかった。
軍は、彼のような綺麗な人間には生きずらい世界だ。
内は、同じ仲間同士の醜い抗争が毎日繰り返されているし、
外に出れば、当然、死と直面し続けなくてはいけない。
そんな中にエドワードを置いて、もし万が一何かがあったら、
嫌なくても、自分は心労で潰れてしまうだろう。
エドワードの気持ちは有り難いが、今回だけは絶対に拒否だ。
以前、軍属に残ると言う事にも反対をしたが、
今回だけは、絶対に駄目だ。
ロイにとっては、とんでもない事柄の1つだ。
それ位なら、地道に佐官からやりなおしても、自分が入隊し直して
下士官から始めても良いと思うほど・・・。

ロイにとっては、エドワードは、最も安全な場所に隠しておきたい人間なのだから。



その後も、何度もロイに話をしようとするエドワードを
首を横に振り続ける事でやり過ごす。
そんな風に気まずく過ごす時間も、さしてはなかった。
3日もしない内に、ロイへの辞令が降りたからだ。
自宅待機をしていた処への呼び出しに応じて行ってみると、
ロイへの処遇と地位、移動先まで決まった辞令書が出来上がっており、
ロイは、恭しく拝命して準備にあたる事になる。
次の任務先はグラマン将軍が退く東方で、内々ではあるが、
近々、将軍から総統に昇格する事が決まったのだ。
特に争いがあったと言うわけではなく、ロイの不在時に右往左往するだけで
能力を発揮できなかった形ばかりの総統が、潔く職を退き、
その間、功労した将軍に席を譲ったのだ。

「まぁ、君に引き渡すまでに、掃除でもして待ってるよ」

権力に固執しない将軍らしい言い方に、
ロイは深々と頭を下げて、賛辞を惜しまなかった。

俄かに忙しくなったロイの司令部では、
仕事の引継ぎや、今後の段取り。
知人・友人への挨拶。 まぁ、ハボック少佐は、中央に来た時とは逆に
付き合っている女性も不在だったため、特には嘆かずに済んだ。
住居は、官舎が用意されているロイや、独身寮がある男性達は
さして問題が無かったが、愛犬連れのホークアイ中佐は、
急ぎ、ペット可の住居を探す必要もあった。
そんなわけで、バタバタとした1週間が過ぎて、
ふと、皆が気づいた事が浮かび上がってきた。

「あれっ? 大将は学校とかどうすんですか?」

「エドワード君なら、イーストの大学の編入も簡単でしょうし、
 向こうなら、諸手を上げて喜ばれるでしょうね」

準備の合間の休憩で、ふと話題に上がった人物の名に
珍しい事もあるもんだと、今は不在している上司の席を見る。
いつもなら、先頭を切って話している人物が、
ここ最近、名前も出していなかったとは。
男どもの話を聞いていたホークアイが、言葉を挟む。

「いえ、エドワード君は、セントラルに残るらしいわ」

その一言に、全員が仰天する位驚きを示す。

「ええー!まじですか???
 そんな事、良く少将が許しましたね!」

皆が、同様と大きく頷きあう。

「いいえ、今回の事は少将のご希望だそうよ」

余り賛成はしていないのか、声が重い。

その様子に、事が深刻な事を悟る。
エドワード馬鹿な少将が、一緒に行ってくれと頼み込んでならわかるが、
わざわざ、離れていようとするなど、何かあったとしか思えない。

「なんか、あったんすか?」

上司の護衛に付く回数が多いハボックは、他のメンバーが知らない、
気づかないようなプライベートの事も、垣間見る機会が多い。
あの二人の様子に、何も無くて、こんな結果になるわけがない。

「ええ・・・、実はエドワード君が、軍に入隊したいと
 言ったそうなの」

「エドワードの奴が?」

「そう、私の所にも相談があったんだけど、
 その時には概に、少将から禁止を受けていて、
 力にはなれなかったんだけど・・・」

ロイが無理なら、ホークアイにと相談を持ちかけてみるが、
少将からの厳命では、従わないわけにはいかない。
ロイが復帰後1番に起こした行動とは、権力に言わせて、
エドワードの入隊を拒否する通達だった。
セントラルは勿論、地方の志願所まで、通達は抜け落ちなく回され、
彼が足を運んだときには、申し訳なさそうに謝る事務官ばかりだったのだ。
その日も、家では一悶着起きたのだが、
エドワードに甘いロイらしくなく、頑なに認めようとはしなかった。

「なんで、駄目なんすか?
 あいつなら、優秀な司令官になれますよ?」

国家錬金術師のエドワードは、入隊すれば少佐官クラスになる。
以前なら部下としてだが、今は同僚として並ぶわけだ。
あれだけ優秀で、実績のある人材なら、入隊しても、即戦力で使える。
万年、有能な人材不足の軍にとって、何よりも、更なる上を目指すロイにとっては、
心強い部下ではないだろうか?

「多分・・・危険なことはさせたくないんでしょうね」

深いため息が、ホークアイの感想を語っている。

「・・・過保護過ぎる・・・」

誰とも無く思い浮かべた感想を、ポツリと言葉に洩らす。

「っても、あの大将ですよ?
 少将の思惑どうりには進まんでしょう?」

素朴な疑問に、皆も同感と相槌を打ってくる。

「そうなのよ、そこがまた問題で。
 早めに認める方が、後々厄介な事にならなくて
 済むんだと思うんだけど」

「まぁ、痛い目みなきゃわからない事もありますんでね」

この場合、どちらが痛い目に合うのだろうか・・・。
軍杯は常にエドワード側に上がっていたような気もするが。

「だからって、置いていくとは、思い切った行動ですな」

「それが、あの少将が出来たって事だけでも、
 今回の反対の意思が現れてるな」

「僕・・・、絶対に一緒に居ると思ってました」
「ああ、俺も、離れて生活できる程、少将に余裕があったとは
 驚きだ」

「「「困ったもんだ」」」

久しぶりの司令官の登場は、やはり波乱にとんだものだった。
平穏や安寧には、これからも縁がないのだろうなぁと思うと、
退屈極まりなかった1年間が、妙に貴重に思えてくる。



(あとがき)
久しぶりのせいか、気合が入って1ページに治まりませんでしたので、
お手数ですが、続けて2をお読み頂けると、
最初に書きました、あとがきも読んでいただけると・・・。
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